珊瑚をあしらい、南海に見立てたウォーター・タンク(水槽)の中で、熱帯魚が昇降運動を繰り返すのをふたりで見詰めていた。 「きみたちは、なぜ水平に泳ぐのが嫌いなのかな?」とイチ子さんが硝子越しにクマノミに話しかける。「大昔から珊瑚礁のイソギンチャクと仲がいいから、横方向に行動範囲を広げる必要がなかったからじゃないか!?」 ぼくのいい加減な答えに、きみが相づちを打つはずもなく…。相づちを打つはずもなく
「右手が豊後水道、その先はもう太平洋よ」とイチ子さん。「それと、霞んでしまってるけど、向こうに長~く見えるのが佐田岬...」湿った夏の大気がのし掛かる昼下がり。かすかに軽飛行機のエンジン音が聞こえる。「夏の旅もそろそろオシマイだね」とぼく。「仕事はテレワークだし、支払いはiDで済んじゃうし、居ようと思えばいつまでもここに居られそうよ」と言ってイチ子さんは笑う。いつまでもここに居られそう
昔、自分が倉庫代わりに使っていた階段下の物置部屋で、何を詰め込んだか、もうすっかり忘れてしまったダンボール箱を見つけた。開けてみると、分解された現像機やトランジスタラジオ、赤い小さなラジカセなど、古道具が詰め込んである。四十年くらい前のもののようだ。見れば、ラジカセにテープが一本入ったまま...。見覚えがある。当時、乗っていた中古のアルファ・ロメオにはラジオしか付いてなく、遠出のときなど好きな曲を聴きたいときは、好きな曲をカセットテープにダビングして、ラジカセを車に持ち込んで聴いていたのが懐かしい。ラジカセのハンドルに結んだままのコードをほどいてコンセントに繋いでみる。ラジカセも中のテープも、まだ生きているだろうか...。スイッチを入れる——最初の曲が聞こえてきた。このテープをいつ、誰のために作ったのか、...古いカセットテープ
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