「鎌倉の駅から歩いてほんの数分のところに、こんな静かな花のお寺があるのをどうしてみんな知らないのかしらね」言い終わると水口イチ子は山門をくぐって、ひとりで先に行ってしまった。 「ここはね、桜が終わるとすぐに海棠、そしてアヤメ、花菖蒲...」とぼくが言いかけたのもろくに聞かないまま…。 ここ妙本寺に咲く海棠は、四月半ば過ぎからが見頃。その花の柔らかな色は、毎年、中世の、日本の春の情景をぼくに思い描かせる。 * 「ねぇー、ランチは材木座へ行きましょうよ!海の見えるテラス席のあるレストランが沢山あるわよ」離れた本堂の一段上がった外縁から、イチ子の声は、妙に暖かく境内に響いた。海棠、そしてアヤメ、花菖蒲...